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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1049号 決定 1994年8月05日

債権者

山口真史

右代理人弁護士

関戸一考

河原林昌樹

債務者

株式会社新関西通信システムズ

右代表者代表取締役

山形茂

右代理人弁護士

三好邦幸

江口陽三

山崎優

川下清

河村利行

宮島繁成

中西哲也

加藤清和

主文

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成六年四月一日から本案の第一審判決言渡に至るまで、毎月末日限り、一か月金二二万三七四五円の割合による金員を仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立の趣旨

主文同旨(ただし、賃金仮払請求について期間の限定なし)

第二主要な争点

一  争点の前提となる事実関係(本件疎明資料による)

1  債権者は、昭和六三年四月、関西通信サービス株式会社に雇用された。右会社は、平成五年三月二六日、商号を日本通信システム株式会社と変更した(以下この会社を「日本通信システム」という)。同社は、平成六年三月三一日解散した。債権者は、当時在職していた同社の従業員全員とともに、同月三〇日付けで解雇された。

2  債務者(株式会社新関西通信システムズ)は、平成六年三月七日設立登記がされた会社である。債権者は、債務者による従業員の採用に応募したが、同年四月一日、不採用とされた。

二  争点の形成

1  当事者の主張は、債権者につき、「仮処分申請書」、「上申書」、「準備書面(一)」及び「準備書面(二)」と題する各主張書面、債務者につき、「答弁書」、「準備書面(一)」、「準備書面(二)」及び「準備書面(三)」と題する各主張書面のとおりであるから、これらを引用する。

2  右によれば、本件における主要な争点は、債権者についての労働契約上の権利関係が日本通信システムから債務者へ承継されるものか(債務者の当事者適格の問題も含む)、日本通信システムによる債権者の解雇、債務者による債権者の不採用は是認されるかという点にあるものと解される。

第三主要な争点に対する判断

一  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば(債権者本人、債務者代表者等の審尋の結果も含む)、以下の事実につき疎明があったものと認められる。

1  日本通信システムの前身は、タサコード販売株式会社であり、同社は昭和五九年九月一二日設立され、昭和六一年九月九日、関西通信サービス株式会社と商号変更され、平成五年三月二六日、日本通信システム株式会社との商号となった。

日本通信システムの営業の中心は、ファクシミリを主力商品として販売するものであり、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という)を主要な取引先とし、同社と販売店契約を締結して、同社から供給されるファクシミリを販売していた。

2  日本通信システムは、平成五年当時、代表取締役が田中秀樹、その余の取締役が山形茂及び政清隆幸(以下「政清」という)であった。同社の営業関係は田中秀樹が取り仕切っていたが、平成五年には折からの不況によりファクシミリの売上が急減していた。そこで、田中秀樹は、それまで大阪圏を中心とする営業であったものを、同年五月、東京営業所を開設して拡大経営により不況を乗り切ろうとした。しかし、東京営業所の売上は伸びず、経費ばかりがかさんでいった。日本通信システムは、同年七月には、経費削減策として、役員報酬のカットなどをし、社会保険料、労災保険料の支払の繰延により急場をしのいでいた。

平成六年一月、運転資金が必要となり、田中秀樹は増資の計画を実行しようとしたが、山形茂及び政清の取締役両名は、右田中の経営方針に賛同できなかった。

山形茂、政清及び上野三喜夫(以下「上野」という)の三名は、債務者の設立に関する発起人かつ株式引受人となり、同月二七日付けで債務者の定款を作成し、同日公証人の認証を受けた。

日本通信システムの取締役である山形茂及び政清は、同月二八日の同社の取締役会において、田中秀樹を代表取締役から解任し、山形茂を代表取締役とした。

3  山形茂は、日本通信システムの代表取締役となって以後、右東京営業所を閉鎖し、大阪営業所の建物につき賃借範囲を一部解約して縮小した。更に、同社の組織は、管理部と営業部とに大別されるところ、山形茂らは、前者のうち、サービス部門を中心に従業員をリストアップし、退職をするようにと働きかけた。

4  同社における当時の管理部長であった右上野(当時、既に債務者の発起人であり、後に債務者の取締役、株主となる)は、同年二月二一日、債権者と会って、退職するようにと勧めた。少なくとも債権者は、この上野の発言を「やめて欲しい」との発言と認識し、これに納得せず、地域労組城北友愛会に相談に行き、これに加入した。その後、債権者は、同月二三日、右労働組合の支援を受け、右上野の発言を解雇通告であるとして、この撤回を求めて交渉を始めた。

その結果、日本通信システム(山形茂)は、「当社社員、山口真史氏に対する解雇通告は本人の仕事に対する真剣な取組みの姿勢に鑑みて白紙撤回します」と記載した同月二八日付けの回答書を右労働組合に交付した。

5  債務者は、同年三月七日設立登記がされた。債務者の代表取締役には山形茂、他の取締役には、政清及び上野が就任した。

6  山形茂は、同月一四日、日本通信システムの当時の従業員全員に対し、同月三一日付けで同社を解散し、四月一日からは債務者としてスタートする旨述べた上、同年三月三〇日付けで解雇する旨通知した。債権者に対しても、同内容の解雇予告通知書と題する書面が交付された。

その後、山形茂は、債務者への採用を希望する日本通信システムの従業員に対し、採用面接をしていった。

債権者は、右労働組合とともに、日本通信システムの従業員全員を債務者に採用するよう求めて団体交渉等の運動を展開した。そして、債権者も他の従業員からは遅れたものの、債務者への採用希望をし、三月三〇日、山形茂の面接を受けた。

債務者は、債権者に対し、同年四月一日付けで不採用の通知をした。

日本通信システムの従業員は、右4と同様の行為により債権者を除く数名が退職し、同年三月時点では六五名(ただし上野も含む)であったが、そのうち、四名が債務者への採用に応募しなかった。その余は債務者への採用に応募したが、債権者を含む六名が不採用となった。不採用者は、営業部の女性四名と管理部のサービス部門の男性二名(債権者を含む)であった。なお、債務者は、日本通信システムの元従業員のほか、従業員を公募し、営業部に男性三名、管理部の人事・総務等の部門に女性一名を新規採用した。

7  他方、田中秀樹は、東京都に本店を置いて、日本通信システムと全く同商号の会社を設立し、同年三月二四日付けで日本通信システムと田中秀樹の日本通信システムとの間で資産の譲渡等の覚書が交わされた。

債務者と日本通信システムは、平成三年三月三一日付けの営業権譲渡契約書(公証人の確定日付は同年四月一九日)により、日本通信システムから債務者に営業が譲渡され(両社とも山形茂が代表している)、併せて、日本通信システムの主要な資産、負債も債務者に引き継がれた。なお、日本通信システムに残された負債の主なものは、同社が滞納中の社会保険料、労災保険料であり、これは日本通信システムから田中秀樹の日本通信システムに対する債権等とほぼ見合う形で残されたものである。

8  債務者は、同年二月二八日、日本通信システムの事務所を縮小する形で、新たに賃貸人と契約を締結し、同年四月一九日、NTTとの間で販売店契約を締結した。

9  右営業譲渡並びに資産及び負債の承継がされた時点における日本通信システムと債務者とを比較すると次のとおりである。

(一) 株主及び資本金

(1) 日本通信システムは、田中秀樹(一五〇株)、上野(一四〇株)、山形茂(五〇株)、政清(二〇株)、木山正義(二〇株)、木村孝志(一〇株)、山内英晴(一〇株)であり、資本金は二〇〇〇万円である。

(2) 債務者は、山形茂(一〇〇株)、政清(五〇株)、上野(五〇株)であり、資本金は一〇〇〇万円である。

(二) 役員

(1) 日本通信システムは、代表取締役が山形茂、取締役が田中秀樹及び政清、監査役が若野繁治である。なお、前認定のとおり、田中秀樹は、東京にて同商号の会社を経営しており、実質的には日本通信システムの経営からは離脱している。

(2) 債務者は、代表取締役が山形茂、取締役が政清及び上野、監査役が坂田宏である。

(三) 本店所在地

日本通信システム及び債務者ともに、大阪市都島区(町名・番地略)であり、現実の建物(事務所・営業所)も日本通信システムの一部が債務者のものとなっている。

(四) 営業内容

ファクシミリの販売という点で全く同じである(前記のとおり営業譲渡を受けた)。ただし、債務者では、日本通信システムに比べ、営業に重点がおかれ、サービス関係の比重が低くなっている。

(五) 主要取引先及び顧客

債務者は、NTTと新たに販売店契約を締結しているが、債務者と日本通信システムとの間での営業譲渡を受けてされたものと解され、その他、村田機械など主要取引先は同一である。また、顧客も日本通信システムから債務者へ引き継がれており、ほぼ同一とみられる。

(六) 会社の資産及び負債

右7のとおり、日本通信システムの資産及び負債は、ほとんど債務者に承継された。

(七) 従業員

前認定のとおり、債務者の従業員の大半は、日本通信システムの元従業員である。なお、右従業員は、日本通信システムで解雇となって、債務者に採用されたものであるが、日本通信システムにおける退職金の支払等はされておらず(本件審尋の結果)、雇用主が変更したことを前提とする清算がされたことを窺わせる事情についての疎明はない。

二  そこで、日本通信システムと債務者との関係についてみるに、右事実関係に照らせば、日本通信システムは、田中秀樹が実権を有する会社であったが、平成六年になって、山形茂及び政清との経営方針の対立により、田中秀樹が排除され、実権は、山形茂、政清及び上野(山形茂は代表取締役、政清は取締役、上野は管理部長であるが第二位の株主)らに移ったこと、この三名が発起人となって債務者が設立され、日本通信システムと同じ山形茂が代表取締役となり、政清及び上野が取締役に就任したこと、この両社の間で営業譲渡の形式により、日本通信システムの営業、大半の資産及び負債までもが債務者に承継されたこと、日本通信システムは解散となり、社会保険料等の未払債務と田中秀樹の日本通信システムに対する債権等が残存するのみとなっていること、本店所在地も同一であり、従業員もほとんどが同一であることなどが指摘できるのであり、これに右日本通信システムと債務者とをめぐる事情の経緯等を併せ考慮すれば、債務者と日本通信システムは、商号、株主構成の一部、役員の一部、営業方針の力点等に違いを見出せるものの、その実態は、日本通信システムをほぼそのまま債務者が承継しているものと評価することができ、債権者が解雇された時点での日本通信システムと債権者が採用されなかった時点での債務者との間には強度の類似性、高度の実質的同一性が認められる(そもそも債務者及び山形茂も可能な限り日本通信システムから債務者へと承継したと主張している)。

三  次に、日本通信システムの解散及び債務者設立の事情、背景についてみるに、債務者は、日本通信システムを解散させ、債務者を設立して、前記営業関係等を承継した主目的は、日本通信システムの倒産を回避し、主要取引先であるNTT及び村田機械との関係を維持するためであったとする。そして、債務者の主張及び山形茂の審尋の結果によれば、要するに、日本通信システムには平成六年二月末時点において、社会保険料、労災保険料、消費税等の未払が三七〇〇万円以上に累積していたところ、社会保険料の最終納期が同年四月二五日に迫りながら資金繰りの目処は立っておらず、そのまま右納期を徒過すれば、日本通信システムからNTTに差し入れている保証金を差し押さえられ、その結果、主力取引先であるNTTとの取引が停止となるなどして、日本通信システムは倒産を避けられないため、日本通信システムに右債務及びこれに見合う同社から田中秀樹の日本通信システムに対する債権を残し、右債務に関する差押ないし弁済は日本通信システムにおいて処理するとともに、同社を倒産によらず、解散とするために、同社の資産とともにその余の負債(銀行借入、買掛金等)をも可能な限り債務者が承継し、債務者においてNTTや村田機械との取引関係を維持することとしたというものである。

右によれば、日本通信システムの解散は、純粋な意味での事業継続意思の喪失、断念ということから出たものではなく、むしろ、差押、これによるNTTなど取引先との信用失墜、廃業という事態を避けるために、旧会社解散、新会社設立という法技術を利用したものであり、山形茂らは日本通信システムの営業の継続を強く意図し、そのために債務者を設立してその実態のほとんどを承継させたものである。その意味において、本件は、純粋な廃業による解散とその解雇という事案ではなく、逆に、旧会社(日本通信システム)の事業を継続させるために、新会社(債務者)を設立して、この間で大半の営業、資産、負債関係を譲渡し、旧会社を解散したという事案である。

更に、債権者による解雇への抵抗や労働組合の活動が全く存在しなかった平成六年一月末ないし二月初旬ころには既に債務者設立も視野に入れた検討がされていたこと(前認定)にも照らせば、債務者設立計画は、少なくとも当初においては、債権者や組合活動を嫌ってされたものではない可能性が高い。しかし、前認定のとおり、同年二月末から三月ころには、日本通信システムの合理化策は、日本通信システムの解散、債務者の設立という方向へと一気に確定していったものであり、山形茂の説明によれば、そのころ、調査により、日本通信システムの再建の可能性が極めて困難であると判明したなどとされているが、前認定のとおり、債権者に対する解雇問題、組合活動の時期と一致しており、債権者の組合活動を山形茂や上野がいかに嫌っているかは本件審尋の結果から明らかである。これらを併せ考えれば、旧会社解散、新会社設立との計画が前記目的で発案されたとしても、この法的処理によれば、いったん日本通信システムの解散により解雇し、新たに新会社への採否を決定することで、事業廃止の自由、新規契約締結の自由との主張をし、同一会社の継続中であれば当然に問題となるはずの解雇法理の適用を受けずに、債権者のような者を排除できるとの理屈もありうるのであり、債務者は右の意図も併せもって、右解散、設立の機会を利用したものと推認せざるをえない(まさに債務者は、債権者との紛争の過程において、当初から一貫して右理屈を主張をしている)。

四  以上判示した事情に照らせば、本件具体的な事案のもとにおいては、債権者としては、労働契約が債務者に承継されることを期待する合理的な理由があり、実態としても日本通信システムと債務者に高度の実質的同一性が認められるのであり、債務者が日本通信システムとの法人格の別異性、事業廃止の自由、新規契約締結の自由を全面的に主張して、全く自由な契約交渉の結果としての不採用であるという観点から債権者との雇用関係を否定することは、労働契約の関係においては、実質的には解雇法理の適用を回避するための法人格の濫用であると評価せざるをえない。したがって、日本通信システムにおける解雇及び債権者の不採用は、日本通信システムから債務者への営業等の承継の中でされた実質において解雇に相当するものであり、解雇に関する法理を類推すべきものと解する。

なお、日本通信システムから債務者への営業譲渡に際して、両社が従業員の地位を承継しないとの合意をしたことを示す疎明資料がある。その作成日付は平成六年三月三一日ではあるが、公証人の確定日付は本件仮処分申立後の同年四月一七日であり、その成立の真正については吟味が必要であるが、右合意が存在したとしても、右判示の趣旨により、その合意を債権者に対して主張することは本件具体的事案のもとにおいては右同様の評価となるものと解する。

五  そこで、本件における解雇に関する法理の類推結果について検討を進める。

前判示の事実関係に照らせば、本件債権者の解雇(不採用)は、日本通信システムから債務者に営業実態が承継される過程におけるサービス部門の縮小に伴う整理解雇の実質を有するものと認められる。

1  まず、日本通信システムにおける解散前の労働者への対応から債務者による採用までの一連の流れをみるに、前記のとおり、平成六年二月の段階で、日本通信システム(山形茂)において従業員を選別し、債権者を含む特定の者に退職勧奨をしており、そのうち、数名はこれに応じて退職し、債権者は前記のとおり争って、日本通信システムから解雇の撤回という文書を得ていることなどからすれば、右は到底、希望退職を募ったといえるものではない。その後は、解散による一律解雇に至ったものである。

2  次に、整理解雇基準及び人選に関する合理性についてみるに、債務者は、採用の基準として、全社一丸となって会社を盛り上げようとの気概のある者、会社の方針を守る者という基準を主張しているが、その内容はともかく、基準自体抽象的であり、恣意性や個人的な感情が入るおそれが高いものといわざるをえない。そして、債務者は、債権者を不採用とした理由として、債権者が日本通信システムに在職中、朝礼に出なかったこと、午前九時からの勤務時間の直前にタイムカードが押されていること、他の部門との連絡をとらなかったこと、サービス部員としては、機械の設置、点検に効率よく顧客を回り、故障が発生した場合にその場で修理するよりは代替機を置いた上、メーカーに修理を依頼するというのが日本通信システム及び債務者の基本方針であるが、債権者が顧客の訪問件数を増やす努力をせず、故障に際して代替機を置くとの方針に従わずにその場で長時間にわたり修理をして訪問予定を消化しきれなくするなど、会社の方針を守ろうとする努力に欠けたことなどを挙げている。

しかしながら、朝礼の点については、本件疎明資料によれば、日本通信システムの勤務時間は午前九時からのところ、午前九時より前から勤務時間の開始までの間に朝礼を行っていたものであり、そもそも勤務時間外に会社側が重要であるとする朝礼を実施して労働者に参加を求め、これに従わないことを解雇理由とすることは相当ではないし(債務者はこれを改めて勤務時間内に朝礼をしているとのことである)、出勤時刻については、債務者が指摘する傾向も窺えないではないが、他方で債権者が無遅刻、無欠勤の表彰を受けた事実は争いがないのであり、右事情をもって解雇事由とするのは相当でない。また、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、他の部門、とりわけ営業部門と債権者の連絡、連携のまずさがあったことは窺えるが、営業担当者が顧客からの修理日程の希望を受ける際のサービス部門への配慮、連携の悪さも存在したことが否定できないなど、右連携の点の責任をすべて債権者に負わせるのは相当、公平とは思われない。また、会社の修理に関する一律的な方針の是非については議論の余地もあるであろうし、その方針に関する債権者の言い分も審尋において一応の説明がされているところである。

その他、債務者の主張中には、債権者の社会人としての態度、債権者に対する顧客からの苦情等の点を挙げ、審尋の結果によれば、それを窺わせる兆候はなくもないが、右は多分に主観的な判断である上、債権者に技術力があることは債務者やその役員も認めているところであることなどにも照らせば、以上に判示の各事情から直ちに他の者ではなく債権者が整理解雇の対象となったことについての合理性については疎明がないというほかない。

3  以上のとおり、本件事案に解雇に関する法理を類推してみると、実質整理解雇と解されるものの、その有効性に関する要件を満たすものとは疎明されておらず、結局、本件解雇(不採用)は無効というべきである。

4  なお、債務者主張の各事情が普通解雇等の要件を満たすこと、その他、債権者の労働契約上の地位を否定するに足りる事由についての疎明はない。

六  以上によれば、債務者の本件当事者適格に欠けるところはなく、債権者は、債務者との間で労働契約上の権利を有する地位にあることになる。そして、本件事情に鑑みれば、債権者の右地位を保全する必要性が認められる。

更に、審尋の全趣旨によれば、債権者が債務者の従業員として受けることができる給与月額は、仮払として申立がある二二万三七四五円を下回らないことが一応認められる。そして、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、賃金を唯一の生計手段とする労働者で、独身であること、両親と同居しているものの生計は分離独立しており、平成六年四月以後雇用保険の仮給付を受けているが三か月で終了すること、在職中の収入によっても生活は平均的水準を越えるものではなかったことなどが認められ、これに本件で窺われる諸事情を勘案すれば、本件申立額(在職中の平均給与額)につき、本案の第一審判決言渡に至るまでの間の賃金仮払の必要性も認められる。

七  よって、債権者の申立は理由があり、事案に鑑み債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中昌利)

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